迫り来る西洋列強

迫り来る西洋列強に対しては強硬な鎖国・攘夷策を取った。

この極端な攘夷策が、後の朝鮮朝廷の混乱の遠因となってしまう。

まずカトリックへの弾圧を強化し、1866年から1872年までの間に8千人あまりの信徒を殺害した。

この折のフランス人神父殺害の報復としてフランス政府は、1866年、フランス軍極東艦隊司令官のローズ提督は戦力のほぼ全てを投入してして江華島の一部を占領し、再度の侵攻で江華城を占領する。

しかし首都漢城へ進軍中に発生した2つの戦闘でで立て続けに敗北したフランス軍は漢城への到達を諦め1ヶ月ほどで江華島からの撤退を余儀なくされる。

一方、この事件の2ヶ月前にはアメリカ商船ジェネラル・シャーマン号が通商を求めてきたが、地元の軍と衝突し、商船は沈没させられてしまう。

アメリカは同事件を機に朝鮮へ通商と損害賠償を求め、1871年には軍船5隻を率いて交渉に赴いた。

この交渉が朝鮮側の奇襲攻撃によって拒絶されるとアメリカ軍は江華島を占領。
update:2010年02月22日